今の家に引っ越してきてからしばらく経ったころ、少ない給料から毎月細々と気に入った調理器具を買い揃えていたとき、突然「こんなふうに少しずつ生活を良くしていけばいいのか!?」と気付いた。生活を変えるために全てを捨てて家出のように転居したり、生活を変えるために大量の家具やものを購入するのではなく、この街に来てから私がなんとなくしていたように少しずつ生活を良くする工夫をすれば少しずつ生活が良くなっていくのだ、ということを身体が理解した瞬間だった。
私は極端なので、気に入るものを一気に買い揃えて心を満たしたい、それができないならどうでもいいものを適当に揃えて目をつぶって使い捨てしたほうがいいし、転居(私は転居が多い)のときにもほとんど身一つで引っ越しできるからそちらのほうが楽だと思っていた。でももしかしたら生活というのは、この目の前の安い小さなコップが手放せなくて、何回転居してもそれを必ず持っていってしまうような、そういう手放せないささやかなものが彩っているのかもしれなかった。
その天啓のような衝撃が走る前は捨てたくないものというのはあまりなくて、あったとしても必要だから捨てたくない、もしくは現在はもう一般に出回っていない貴重なものだから手放したくないというものであって、心から離れたくないというような性質のものではなかった。むしろそういった心が移ってしまうようなものを避けていたし、避けていた理由はもの、物質に心が支配されるからだった。(同様の理由で私は家を購入する人のことがよく理解できていない。物理的に大きければ大きいほど心に影響する引力が強いためだ)でも今は支配、被支配ではない関係を物質と築けそうな気がする。というよりも、例え離れがたいものとの出会いがあったとしてもそれを支配という言葉では表さない気がする。そいういったことが日々わかってきています。